『メカノ』エピソード

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メカノ』とソニー創立者の井深大氏

1910年代、『メカノ』に夢中になった日本人がいた。ソニー創立者の井深大氏は少年期、夜も寝ないで、メカノ作りに没頭、あるだけの手持ち部品を活用しオリジナル品を次々と創造していったというエピソードがある。

大はサンプル図面を見ながら、夜も寝ないで片っ端から組み立てていった。途中までいくと、もう一級上のセットを買わないと部品がどうしても足りなくなる。そこで、あるだけの手持ちの部品を活用して、組み立て可能なものを次々と工夫し考え出した。
「こんなに単純な部品から、こんなにいろいろな物が作れる!」
物を組み立てる楽しさが、新鮮な驚きとともに大の全身を満たしていた。「メカノ」は、その後も長らく大の手許にあって、メカニックなものに対する大の好奇心をかきたてつづける。大にこれほど深い印象と強い影響を与えたおもちゃも珍しい。「ソニーを創った男・井深大」小林俊一氏著作の第2章から。

ソニー創立者の井深大への影響を経て『メカノ』は日本の産業界に貢献したともいえるかもしれない。

関連の話:井深大の『メカノ』
http://landship.sub.jp/stocktaking/archives/000023.html

『メカノ』と『微分解析機』

コンピュータの歴史に触れたことのある人は「MECCANO」の名前を聞いたことがあるのではないだろうか?
それは1930年代、現代のコンピューターが誕生する前、計算機を必要とする科学者達がこの『MECCANO』の“とりこ”になったことがあるからだ。

当時、統計処理や天気予報や事務処理は『微分解析機』とよばれるアナログコンピュータが担っていた。この『微分解析機』を完成させたのがマサチューセッツ工科大学の数学者バネバー・ブッシュだった。彼の提唱した「MEMEX」は現在のコンピュータの概念が形成される上で重要な役割を果たしている。このブッシュが潤沢な資金をつかって作り上げた『微分解析機』をイギリスの物理学者 ハートレーとポーターが『MECCANO』のパーツを使い、わずか20ポンドで作り上げてしまった。

彼らが『MECCANO』で微分解析機を作ろうと思った理由がふるっている。『微分解析機』の写真を見て「誰かが特大の『MECCANO』で遊んでいるように見えた」からだそうだ。子供が自分の体より大きな『MECCANO』で遊ぶ図はヨーロッパではごく当たり前。だから微分解析機を前にしたブッシュが特大の『MECCANO』で遊んでいるように見えることは自然なことだった。

実はこれをきっかけに世界中でいくつもの『MECCANO』による『微分解析機』が作られたという。当時最先端の計算機が町のおもちゃやさんにある『MECCANO』パーツで作られてしまうという凄さ。 『MECCANO』が単なるホビーの域を遥かに超えたパーツ群であることを証明している。コンピュータと『MECCANO』の縁はこんなところにあった。


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